えんだより2013年7月分

「目をまっすぐ前に注げ。」
<旧約聖書 知恵の言葉>

「目をまっすぐに」

 幼稚園に来てくれた子どもたちと最初に朝の挨拶をします。
そのときによく「先生のお顔を見て」と話しかけます。顔と顔が
あい、目と目が合います。朝日幼稚園に来て、朝に玄関に
立つようになってから、あまり意識せずにしていたことですが、
これは、私の小学校の時の恩師の先生が、繰り返し教えて
くれたことでした。今月の聖句の言葉を読んで、その先生の
顔が目に浮かんできました。そして、そういうまっすぐな眼差し
をいつも注いでくれた先生がいてくれたことを、あらためて、
感謝なことだと思うのです。


 難しいことは抜きにして、私たちは、子どもも大人も、まっすぐに
前に眼差しを注げないときは、どうも、あまり良い状態では
ないようです。自分の中に問題があったり、相手の中に
問題があったり、疲れすぎていたり、何かのことで悩んでいたり、
原因は様々ですが、どうもそういう時には、何かがあるようです。
そして、それも、いつも、顔や目を合わせているから気づける
ことなのです。
 言葉も大事ですが、その前に、お互いの心の中も見えるほどに、
子どもと向き合うことが、第一です。昔の人は「目は心の窓」と
言いました。そして、その時には、大人の方も隠し事はできません。
自分のその子への思いが瞳の中に映っているからです。目と目を
合わせるのは、睨むのではありません。目を通して心を開け放つ
のです。自分のその子への思いを、その子に見えるようにするの
です。親の心がいつも開いていれば、子どもの心も同じように
必ず開かれるのです。


 さて、そうは言っても人間ですから、親であっても、子どもに
目を合わせられないな・・・、という思いになってしまうことも
あるでしょう。でも、そこが大事なのです。子どもはある程度は、
幼いなりに、そういうこともわかってくれるものです。そして、
そんな中でも、どんな中でも、自分に変わらず眼差しを注ぎ
続けてくれる親を信頼するのです。
 信頼関係は欠点がないから築かれるのではありません。
そんなことを言ったら、信頼関係を築ける人間は誰もいないでしょう。
弱さや欠点も、無理にではなく、ありのままにすることで、子どもも
また、自分の弱さや欠けをそのまま、見せてくれるようになるの
です。目が合っていないところで、弱さや欠けをいうと、それは
相手への不平不満や否定になってしまいます。しかし、人間同士が、
互いの弱さや欠けの中で、なおまっすぐに眼差しを合わせることは、
お互いを受け入れ、そこから、前へ進んでいく確かな力になります。
 そして、そのように互いを見るときに、その背後にいつも神という
方がおられることに気がつきます。私たちを赦し、欠けだらけの
人間を一つに結び合わせて祝福しようという神の愛の眼差しに
気がつきます。子どもに、夫に、妻に、人々に、そして神に目を
まっすぐに注いで前へと進んでいきましょう。


 7月はプール、ばら組お泊り保育、今年度から幼稚園行事に
なった夕涼み会などなどがあります。はじめての方も、みなさんで
ご一緒に楽しい7月をすごしましょう。


 私たちを、大人も子どもも、いつもまっすぐに見つめていて
くださるイエス・キリストの父なる神様。今、目の前にいる人に、
私たちの眼差しを注がせてください。心をお互いに開き合う
ことができるようにさせてください。神様のことをまっすぐに
見つめさせてください。7月の暑さの中で、みんなが、元気に
仲良く、健康も守られてすごすことができるようにしてください。
イエス・キリストのお名前によってお祈りします、アーメン。


聖句 「目をまっすぐ前に注げ。」
<旧約聖書 知恵の言葉>

讃美歌 「うみでおよぐ」「きよいあさあけて」 

今月の歌 「みずあそび」

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